今年もお盆の季節がやってまいりました。お盆とは、仏となったご先祖さまを偲び、その願いを受け止めてゆく仏事です。
お盆の由来は、お釈迦様の弟子である目連尊者の説話にあります。目連尊者は、亡き母が餓鬼道と呼ばれる苦しみの世界に堕ちたことを知り、その姿を深く悲しみました。そして、お釈迦様の教えに従い供養を行ったところ、その功徳によって母は苦しみから救われたと伝わります。この説話が祖先を敬う日本古来の文化と結びつき、今日のお盆の姿となりました。
しかし、改めて考えてみると、生前にお世話になった方はともかく、直接会ったことがないご先祖さま方へ手を合わせようとしても、なかなか実感が湧かないという方も多いのではないでしょうか?そこで今回は、お盆の時期にご先祖様へ手を合わせる心を訪ねてまいりましょう。
浄土真宗の宗祖、親鸞聖人は「一切の有情はみなもって世々生々の父母・兄弟なり」との言葉を遺されました。これは、自身の存在は両親・先祖はもちろん、関わり合うすべてのいのちによって成り立っていることを示すお言葉です。
つまり、この世で出会ったことのないご先祖さまだけでなく、これまでに自分自身と関わり合ってきた、すべてのいのちに手を合わせることを勧めておられるのです。
それは、自身にとって都合の良いものばかりではなかったでしょう。喜びだけでなく、悲しみや苦しみ、葛藤さえも、今の私を形づくるご縁であり、みな等しく手を合わせゆく私の姿を、仏さまは願っておられます。
突き詰めると、自身もまた誰かの人生に影響を与える存在であり、すべてのご縁を大切にすることは、回り回って自身を大切にすることにもなるでしょう。
いま、私たちは、仏さまからのお育てを受けています。お盆を通して、ご先祖さまや有縁の方々を偲びましょう。そして、多くのいのちに支えられ、仏さまの願いのもとに生かされている「わたし」を見つめ直すご縁といたしましょう。