こんにちは。この度も西性寺ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
西性寺副住職の天﨑仁紹です。
梅雨の時期を迎え、時折強い雨が降る日も増えてまいりました。先日、お参りをしておりますと、急な大雨に見舞われ、急遽お店の軒先で雨宿りをするという出来事がありました。数分ほど雨宿りを続けていると、通りがかった方から「傘をお貸ししましょうか?」とのお申し出をいただきました。幸い、時間にも余裕がありましたのでそのお申し出は丁重に辞退させていただきましたが、大変ありがたく感じた次第です。
しかしながら、雨風をしのいでいるのは傘だけではありませんよね。言わずもがな、日々私たちが暮らしている住居の屋根は風雨から私たちを守ってくれています。ところが、一度屋根から雨漏りを起こせば、憤ってしまうのも私の姿です。屋根は雨を防いで当たり前と、どこかで思ってしまっているの裏返しでしょう。
浄土真宗の僧侶であり、龍谷大学の教授でもありました村上速水先生は、このような詩を残してくださっております。
闇の夜の月の光の有難さはわかるけど 太陽の光は大きすぎてわからない
雨の日の傘の有難さはわかるけど 屋根のご恩は大きすぎてわからない
隣人の親切の有難さはわかるけど 親のご恩は大きすぎてわからない
どちらも等しくありがたいものであるのに、状況次第で「ありがたい」とも「当たり前」とも捉えてしまう、私のような凡夫(人間)の姿を照らしてくださるお言葉です。
阿弥陀さまの大悲のお心に対する、私の振る舞いも同じかもしれません。阿弥陀さまは、この世で苦しみ悩む「私」を目当てとして、様々なご縁を通して働きかけてくださり、「南無阿弥陀仏」のお名号に込めて、私に届けてくださります。そして、私の振る舞いは問わず「必ず救う」と誓ってくださっております。ところが、そんな阿弥陀さまのご恩はあまりにも大きすぎて、私はそこから背を向けてしまっていることを、村上先生のお言葉を通して気付かされました。
阿弥陀さまのご恩は、私のみならず、皆さまお一人おひとりに振り向けてくださっております。
まもなく、お盆の季節がやってまいります。お盆は、お浄土へ往生された大切な方々を偲びながら、阿弥陀さまのみ教えに触れるご縁です。お盆を通して阿弥陀さまの教えを聞かせていただき、改めてご恩に感謝させていただきましょう。
西性寺副住職 天﨑仁紹