毎年、5月の子どもの日の前後は、尼崎市を流れる藻川のほとりにたくさんの鯉のぼりが掲げられています。その光景は非常に壮大で、藻川にかかる園田橋を渡る人々も思わず足を止めてカメラを構えるほど。
尼崎市内に住むある方が、この鯉のぼりを掲げる活動をされており、数年前にそのお話を聞かせていただいたことがあります。
その方は、子どもの頃から5月になると親に連れられて、当時は事情もよく分からないまま鯉のぼりを掲げる作業を手伝っていたそうです。その後しばらくして、結婚を経て子どもを授かり、今度は自身が父親として鯉のぼりを掲げに行くようになりました。
「立派に育つんやで」と、我が子の健やかな成長を願いながら鯉のぼりを掲げていると、ふいに涙がこみ上げてきたそう。自分自身もまた、親から暖かな願いを受け続けていたことに気付かされ、心が動かされたといいます。また、そんな親心に気づけなかったことに対して、恥ずかしくなったと振り返っておられました。
浄土真宗が拠りどころとしている阿弥陀さまは、すべての生きとし生けるものが、一切の苦しみから離れた世界(さとりの世界)へ生まれてきてほしいと願ってくださっております。
そして、その願いを聴かせていただくと、阿弥陀さまの暖かな御心に背き、目先の欲望に振り回され、苦しみを重ねる自身の姿も見えてきます。しかし、そんな私たちであっても諦めることなく、願い続けてくださっているのが阿弥陀さまというお方です。
そして、その願いが私に至り届いた時、人生を歩む中で抱える様々な苦しみに「さとりへの導き」という大きな意味が与えられ、静かに手が合わさるのです。
五月晴れを泳ぐ鯉のぼりに暖かな願いが込められているように、手を合わせる私たちの姿には阿弥陀さまの大きな願いが至り届いているのでした。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。