
JR尼崎駅の2番線、3番線ホームの一角に、「外」「福」「内」と書かれた看板が備わるランプがあります。これは出発反応標識と呼ばれるもので、車掌や駅員に出発の合図を送るためのものだそうです。それぞれの看板は4本の線路がある東海道線(神戸線)の外側線(外)内側線(内)、そして福知山線(福)を意味しています。

さて、この文字列を見ると、なんだか節分を思い出しませんか?
節分では「鬼は外」「福は内」と声をかけながら、豆まきをして鬼を追い払う行事があります。その光景は微笑ましく見えますが、よくよく考えると煩悩にあふれる行いであると感じるのは私だけでしょうか。
都合の良いものを「福」として内に招き、都合の悪いものを「鬼」として外に追いやる姿は、人間の持つ自己中心性を表しているといえるでしょう。「鬼」の文字が見当たらないのは、もしかすると、私の姿が鬼であり、その姿に気づくことができていないからではないか、とハッとさせられる光景でした。
さて、仏教ではそうした自己中心の心を「煩悩」といいます。煩悩がある以上、自分の力で苦しみから離れた世界へ至ることはできませんが、浄土真宗の御本尊であります阿弥陀如来は、そんな私たちを目当てとして、必ず救うとお誓いくださりました。その誓いは、光となって常に私たちを照らしてくださっております。
光があるところに影があるように、煩悩を抱える私の姿に気づかせていただくということは、阿弥陀様のおはたらきが至り届いている証拠といえるでしょう。