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あけましておめでとうございます。西性寺 副住職の天﨑仁紹です。本年も西性寺をどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、新たな年が幕を開けました。私たちは、新たな年を迎えると、こうしてお祝いの言葉を交わします。数え年の考え方では、お正月を迎えると人々は一つ年を重ねます。お正月は、それぞれが大きな節目を迎える行事でもあるのです。一年、また一年と歳を重ねてゆくことは、決して当たり前のことではありません。だからこそ、先人の方々は新年をめでたいものとして味わったのでしょう。

ところが、お釈迦様は人生を苦しいものだと捉えておられます。果たして、仏教ではお正月をどのように捉えるとよいのでしょうか?

さて、「一年の計は元旦にあり」の言葉の通り、お正月に今年の目標を立てる方も多いかと思います。私もそうです。とはいえ、立てた目標ががすべて思い通りになるとは限りませんよね。そんな時、例えば仕事や人間関係など、思い通りにならなかった原因を他者から探してしまうことがあります。

それこそが、私たちを苦しめる「煩悩」のありようです。理想を描くも、現実とのギャップに苛立ち、その原因を他者に求めてしまうと、自分自身の反省をさまたげてしまう危うさもあるのです。思い新たに、清らかに迎えるお正月は、そうした自身の姿に気づく大きなきっかけです。

なにか物事を改めるとき、その原因から紐解いて解決の道を模索していくように、私たちはお正月という人生を考える節目を通して、日々の苦しみの原因をみつめるご縁を頂いています。

そして、仏の教えを通して私たちは本当の姿を知ったとき、思い通りにならない苦しみが、単なるむなしいものでなくなります。苦しみの原因が他者ではなく、自身にあるかもしれないと思えた時、他者との接し方はこれまでよりも穏やかなものになるかもしれません。

新たな年を迎える節目にあたり、改めて自らの姿を見つめなおし、苦しみとうまく付き合いながら人生を歩みたいものです。

西性寺副住職 天﨑仁紹
合掌

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