ご先祖さまが還ってくるとは?混迷する時代、心豊かな生き方に必要なもの

今年も例年通り盂蘭盆会(お盆)の時期がやってまいりました。しかしながら、相変わらずマスクを手放せない生活が続きます。去年の西性寺新報でも似たようなご挨拶をさせていただいたと思います。まさか今年も使うことになるとは。

さて、お盆というと「ご先祖さまが還ってくる」という事がまず思い浮かばれるのではないかと思います。むしろ、ご先祖さまが還ってくるからこそ、社会が大きく変わっても、風習として残り続けるのかもしれません。
さて、今回はこの「ご先祖さまが還ってくる」ということについてお味わいしたいと思います。

「行く」ではなく「往く」

世の中には「命を終える」ということについて、様々な表現があります。「死ぬ」、「亡くなる」、「逝く」、「召される」……日本語だけに限っても、まだまだ多くの表現があるでしょう。
では、仏教はどんな表現でしょうか?それは「往生」という言葉ですね。今日では「立ち往生」や「往生際が悪い」と慣用句にも用いられている言葉ですので、馴染み深い言葉でもあると思います。

続けて、使われている漢字を見てみましょう。「往」という漢字が使われていますね。命を終えるとなると、どこかへ「行く」ことをイメージされる方も多いかもしれません。「行生(ぎょうじょう)」と表現されることだってあったかもしれません。ですが、「行生」ではなく「往生」と表現される。ここに仏教の教えが詰まっています。
「往生」の「往」は「往復」という意味が込められています。「往復」は、言わずもがな「行って帰ってくる」という意味ですね。つまり、言葉からも仏教では亡き人が還ってくると教えられていることが分かるかと思います。

新たな視点を養う

では、私たちが大切にしている浄土真宗では「還ってくる」をどう味わっているのでしょうか?実を言いますと、ご先祖さまが還ってくるのはお盆だけではないんです。

浄土真宗では、亡き人はお盆も含めて、あらゆるご縁を通して後に残された私たちを教え導こうと、また仏前に誘おうと働きかけてくださっています。
「亡き人が夢に出てきた」、「ふと、亡き人に呼ばれた気がした」といった不思議なご経験もそうですし、何か嫌な事があったときに、「これはご先祖さまが何かを教えてくれているんだ」と受け取るのもひとつのご縁と言えますね。

大事なのは、どんな些細なできごとでも「これもご先祖さまのご縁かな?」と、新たな視点で物事を見つめる感性かもしれません。そうした感性を磨いた先に、心豊かな生き方が待っているのではないでしょうか。

あまりにも長すぎる社会の混乱。そしてマスクを強いられる二度目のお盆。
ご先祖さまは、一体私たちに何を教えようとして下さっているのでしょうか?そこにはどういった気付きがあるのでしょうか?皆さまもこの機会に是非、想いを巡らしてみてください。